Nov 08, 2010

免疫療法は心理療法もあるよ

心理的にする免疫療法は、イメージ療法、サイモントン療法などがあります。この免疫療法は、病気で精神的に積極的に生活するように生きがいを持ったり、笑いの建設にあるんです。これは精神的な要因が免疫システムを強化する効果を基に構築されている治療法なんですよ。そして、学問的にも研究がされているのです。
2年前に愛していたおばさんが、血液のがん、白血病を患って亡くなりました。ずっと微熱が続いてなかなか治らず、体がだるくと言ったのを覚えています。まさか親しい人ががんで死亡、と当時大変な衝撃でした。最初は体のだるさから始まったと言っていたので、最近は周りのだるさそうな人ではないかと思わず見てしまいます。
【人・生き方】転機。話そう、話しましょう(8)

 ■台風被害の祖母と天気予報を見て育った

 気象予報士の半井小絵さんは、穏やかな語り口と要所を捉えた解説が人気です。日本銀行の職員を続けながら、気象予報士試験に挑戦。合格後は、気象情報会社への転職、気象情報担当のキャスターと、天気をめぐる“転機”が次々に訪れ…。(草下健夫)

 ◆お天気おばあちゃん

 昭和9年9月に上陸した室戸台風は、被害の大きさで歴史に深く刻まれる。四国や近畿を中心に激しい暴風雨が吹き荒れ、死者は2702人に上った。この時、祖母の通っていた京都の学校が倒壊。祖母は偶然梁(はり)の隙間にいて助かったが、「21人ものお友達が、校舎の下敷きになって亡くなったそうです」という。

 この祖母の経験が、人気気象予報士の誕生に結びつくのだから、人生は分からない。

 「祖母は朝昼晩欠かさず天気予報を見て、自分で『お天気おばあちゃん』って」。室戸台風で命を落としそうになった祖母が、その後天気に敏感になったのは、ある意味自然なこと。そんな祖母と同居し、日々の天気予報を一緒に見て育つことで、おのずと気象への関心が高まっていった。

 だが、この時点では、気象の仕事に就くことまでは考えていない。大学では文科系に進み、卒業後は縁あって日本銀行に就職。といっても金融の業務ではなく、主に総務や人事畑。不満があったわけではないが、ぼんやりと将来を考えるうちに、ある考えが−。

 「人生は一度。何か資格をとって、挑戦したい」。ちょうど、残業の少ない窓口業務に異動したことも、背中を押した。

 「中小企業診断士など、いろいろ調べましたが、気象予報士が面白そうだとひらめいて…。祖母の存在が大きかったのかなと」

 思い立ったら、行動に移すまでは早かった。仕事のかたわら、講習会や通信講座で、勉強を開始。社会人になっても、相変わらず祖母と一緒に天気予報を見ていたが、目標を定めてからは、そのこと自体が“受験勉強”となった。

 ◆新幹線で涙

 気象予報士に合格したのは、勉強を初めて約2年後の平成13年の春。しかし、すぐに転職する気はなかったという。

 ところが、通信講座の対面授業で講師を質問攻めにするうち、周囲に覚えられていたらしい。合格直後に「ラジオの気象キャスターの仕事があるのだけど」と、ある事務の職員から声をかけられた。思いもよらない誘いだった。

 「私は自分から行動するタイプではない。ですが、なぜか人との出会いに恵まれて…」

 誘われた理由は、よく分からない。ただ、講師には自分が納得できるまでとことん聞いていた。そんな姿勢が、子供からお年寄りまで幅広い視聴者に分かりやすく天気を伝えるキャスターとしてふさわしい−と、事務の職員は思ってくれたのかもしれない。

 住み慣れた兵庫県を離れ、東京の気象情報会社へ。引っ越しの新幹線の車中では、胸にこみ上げてくるものがあった。

 「よく知らない東京で、しかもラジオの仕事がこなせるのか。不安でたまらず、泣いていたら、横にいた老夫婦の方が心配してくださって、かりんとうまでいただいて…」。口の中に甘さが広がる。胸の不安が、やわらいだ。

 ◆同じ天気は二度ない

 民放ラジオに出演して数カ月。今度はNHKのオーディションを受ける誘いがまいこんできた。

 転職後1年たたないうちに、今度はテレビカメラの前に。関東甲信越地方のローカル番組を約2年経験し、16年3月からは「ニュース7」気象情報担当(月〜金)に。全国の視聴者が注視する“ひのき舞台”。穏やかな語り口ながら、ポイントを押さえた簡潔で歯切れのいい解説。複雑な気象状況も、すっと頭の中に入ってくる。人気が出るのは、当然のことだった。

 同じ天気は二度とないだけに、毎日が勉強だ。気温を表す色など画像表現についても、積極的に自身の意見を言うようにしている。キャスターとして、どんな細かなことにでも、できるだけ番組に責任を持ちたいと思っているからだろう。

 うれしいのは視聴者からの反響だ。「お子さんからの手紙で将来予報士になりたいという内容だったり、私の似顔絵に、お母さんの文字で『いつも半井さんのまねをします』と書き添えてあったり」

 今では手紙を開くことが何よりも楽しみになった。それは、自分が伝えたいことが、きちんと相手に届いた証拠でもあるからだ。

                   ◇

 ≪Plus≫

 −−キャスターの担当前にメディアに出た経験は

 「高校の修学旅行で北海道に行ったとき、講演された方が『アイヌファッションショーをやりたい人』というので友達と手を挙げたら、撮影されてインタビューを受けました」

 −−転職直後のラジオ出演の感想は

 「『どんな雨雲?』との局のスタジオからの質問に、レーダーの表示記号そのままに『四角です』と答えた失敗も(笑)。すべて言葉で説明するラジオをこなせてこそ一人前なので、いつかまたラジオをやりたいです」

 −−気象情報の最後のうなずくしぐさが人気だが

 「かわいらしく見せたいと自分の映りを気にする余裕などとてもありません。1、2秒余ったときに私の顔が映ったままなので、『早く変えて』という気持ちでやっていたら、癖になったようです」

【プロフィル】半井小絵

 なからい・さえ 兵庫県生まれ。テレビ出演以外にも気象や防災、環境に関する講演や、小学生向けの地球環境教育なども行っている。平成18年のNHK紅白歌合戦にも出演し、気象情報を伝えた。20年から、出身の兵庫県伊丹市をPRする「伊丹大使」を務めている。休日の息抜きは、加圧トレーニング、岩盤浴や友人との食事など。

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