Nov 24, 2010
Web制作なら、インターネット上で確認してみよう
Web制作をしたい場合は、インターネット上で役立つ情報を集めてみましょう。 Web制作は自分で行うことができる部分もあって、要求して、専門作ってもらってしなければならないという部分も出てくると思います。また、作成する方法を知って自分で挑戦してみることができます。とにかく情報を集めてみないと分からないですよね。まず、情報を集めてみましょう。今の時代のインターネットビジネスが非常に重要ですね。そして、そのようなインターネットでのビジネスのためのサイト作りが必要で、そのサイトの制作のためには、webデザイナーの手が必要ですね。インターネットビジネスの成功の鍵は、サイトの良し悪しあるので、webデザイナーは非常に重要な鍵の担当者ですね。
震災で津波被害を受けた岩手県宮古市の田老港に無傷の漁船が1隻だけ停泊している。漁師の下西文一(ぶんいち)さん(73)の小型船「かつ丸」。地震直後、港にいた下西さんが沖に出航して間一髪、被災を免れた。下西さんは漁からの引退を考えているが、壊滅した港につながれた「奇跡の漁船」を誰かが引き継ぎ、復興の先頭を切ってほしい。そう願っている。
「津波の時には沖に出ろ」。下西さんは港で大きな揺れを感じた瞬間、96歳でこの世を去った父孫次郎さんの言葉を思い出した。漁師だった孫次郎さんは1933年の昭和三陸地震津波で船を沖に出して無事だったという。考えるよりも先に体が動いた。近くにあった自転車をこいで、200メートル先に停泊してあった「かつ丸」に飛び乗った。「自宅のかかあ(妻)も気になったけど、自分と船を助けるにはこれしかねえ、と。漁師には『船は命』だから」
水産庁防災漁村課が06年に作ったガイドラインでは、津波が来た時、漁港周辺の漁船は(その方が早ければ)水深50メートル以深の海域に避難するように定めている。
3キロほど沖に出て陸を振り返った。見たこともない巨大な波が港をのみ込むのが見えた。「悪い夢を見ているようだった」。港に近寄れない。上陸できたのは、食料が尽きた3日目の朝だった。
かつ丸は90年進水。船名は妻勝(かつ)さん(68)の名前から付けた。その勝さんとは宮古市内の病院で再会。濁流にさらわれたところを若い男性に救い出されたらしい。「おれらは幸運だった」。喜びもつかの間、漁師仲間の悲報を相次いで聞き、途方に暮れた。
港に500隻以上あった漁船はほぼ全滅した。養殖ワカメやウニ、アワビで知られた港の面影はない。復興には時間がかかりそうだ。「この年齢だから、もう船には乗らねえ」。引退を決めた。
港につながれた「かつ丸」は、次の乗り手を待つかのように波に揺られている。「誰か乗りたいって言ってくれればなあ」。下西さんは、復興を担う若い世代に「命」をバトンタッチする日を待っている。【伊澤拓也】
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東京電力管内で夏場に電力不足が予想されることを受けて、経済産業省は7日、電力の需要予測を事前に知らせる「電気予報」をテレビやインターネットで流す方向で検討に入った。日中ピーク時の電力需要を抑える効果的な節電を呼びかけ、予期せぬ大規模停電が起きるのを防ぐ考えだ。
「電気予報」は、天気予報や過去の需要実績をもとに、その日の電力需要の見通しを時間単位で示す。平日午後1?3時など、供給力がどれだけ不足するかを具体的に数値で知らせ、その時間帯に集中して節電するよう呼びかける。
経産省がこうした対策に乗り出すのは、夏場の電力不足に対応するには、家庭での節電がカギを握るためだ。猛暑だった昨夏は、東電管内でピーク時に6000万キロワット近い需要が発生したが、今夏は4650万キロワットの供給力しか確保できない見通し。経産省は大企業などに対しては、平年のピーク時から25%以上の需要削減を強制する使用制限に踏み切る考えだが、需要全体の約3割を占める家庭は適用対象外だ。
家庭でも節電が根付きつつあるが、真夏は日中のピーク時の電力使用を控えることが重要になる。このため、どの時間帯に電力需要がどれだけ増えそうかという情報を「見える化」して分かりやすく周知することで、「いつ節電すればいいかを具体的に把握してもらう」(経産省幹部)ことが不可欠と判断した。
また経産省は、家庭でできる具体的な節電策も自治体やメディアと連携して周知を図る方針。例えば、エアコンの冷房設定温度を東電管内の全世帯が1度上げると50万キロワット以上の削減効果が見込めるなど、具体的な取り組み例と効果を示すことで、節電意識を高めたい意向だ。【立山清也】
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福島第1原発近くに住んでいたため、津波で行方不明の家族を捜せず、やり場のない悲哀をかみしめている人々がいる。避難指示が出ている原発の半径20キロ圏内、福島県浪江町北幾世橋(きたきよばし)に住んでいた病院職員、圷(あくつ)博明さん(36)もその一人。県は20キロ圏内を「警戒区域」に切り替え、立ち入り禁止とするよう国に求めているが、妻子が行方不明のままの圷さんは「2人がますます遠いところへ行ってしまう気がしてつらい。私と同じ思いでいる町民がたくさんいるはずだ」と訴える。【市川明代】
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「津波が来るから早く帰れ」「うん、わかった」
大地震直後の3月11日午後3時33分、圷さんが、携帯電話で妻祐美さん(29)と最後に交わした会話だ。
祐美さんは震災発生直後、原発から6?7キロの距離にある請戸(うけど)地区の幼稚園に通う長男優希ちゃん(6)を心配し、次男颯斗(はやと)ちゃん(2)を連れ、近所の人の運転する車に乗って自宅を出たとみられる。津波が来る直前、祐美さんは泣きじゃくりながら、圷さんに説明した。
圷さん宅は高台にあるが、請戸地区は海沿いだ。病院の入院患者を避難させ、圷さんが自宅に戻ったのは午後4時半過ぎ。妻子の姿はなく、幼稚園に駆けつけると、近くに泥をかぶった近所の人の車だけが残されていた。
「助けて」。あちこちのがれきの下から声が聞こえたが、1人ではなすすべもなかった。避難所を捜し回り、夜になってようやく、園の誘導で高台へ逃れていた優希ちゃんを見つけ出した。
翌朝、避難指示の対象地域が、原発周辺の半径3キロから10キロ圏内に拡大した。その日も2人を捜そうとしていた圷さんは、後ろ髪を引かれる思いで南相馬市の知人宅へ向かった。だが、その日のうちに避難指示範囲は20キロ圏内まで拡大。さらに親類を頼って会津若松市内に身を寄せた。
「あと1日、避難指示が遅ければ、生きて発見されて、今ごろ一緒にいられたかもしれない……」。浪江町民のいる避難所を捜し回り、インターネットで身元判明者名簿をしらみつぶしにあたった。ネット上の衛星画像で妻子のいたはずの場所を何度も見た。
3月31日、ついに車で現地に入った。冷たい雨の中、請戸地区はひっそりと静まり返っていた。がれきは手つかずのままで捜索の跡もない。何の手がかりもなかった。「まるで時間が止まってしまったかのように、震災発生直後と全く同じ光景が広がっていました」
二重のマスクに雨がっぱ、ゴム手袋姿での現地入りだったが、放射線量のスクリーニング検査で放射線は検出されなかったという。
優希ちゃんは6日、会津若松市内の小学校に入学した。祐美さんは入学式を心待ちにしていた。「せめて、そのことを妻に報告してやりたい」
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