May 22, 2009

格安レンタカーのメリット。

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 【ロンドン=木村正人】英国の詐欺師が中東バーレーンの王室から資金運用を任されていると言葉巧みにだまし、ロンドンの投資銀行や世界で最も古い英サッカークラブに1570万ポンド(約21億2千万円)の負債を残して逃亡した疑いが強まり、英重大詐欺特捜局が捜査を始めた。サッカーの元イングランド代表監督を北朝鮮に連れて行って北朝鮮側を信用させ、鉱物資源の採掘権をだまし取るなど大がかりな詐欺だった。

 英BBC放送のテレビ番組「パノラマ」が報じた。

 北朝鮮の金正日総書記まで手玉に取ったのはラッセル・キング氏(52)。

 まず、キング氏は2009年ごろ、経営権を取得していたイングランド中北部ノッティンガムのサッカークラブ「ノッツ・カウンティ」(1862年創設)の監督に、元イングランド代表監督のエリクソン氏を就任させることに成功。

 多額の報酬を約束して同氏を北朝鮮に連れて行き、元代表監督という名声で北朝鮮側を信用させて金や石炭、鉄鉱石の採掘権を獲得した。契約書の署名は金総書記の同意を得た北朝鮮高官が行ったという。キング氏が北朝鮮側に渡した株券は紙切れ同然だった。

 キング氏はまた、共犯者を中東の王子に仕立て上げ、「バーレーン王室の資金運用を任されている」と偽ってロンドンの投資銀行に接近。北朝鮮の採掘権を利用して、多額の資金をだましとった。投資銀行は顧問に元英情報機関幹部を抱えていたが、無駄だった。

 投資銀行は昨年、870万ポンドの負債を抱えて破産。サッカークラブにも700万ポンドの負債が残された。キング氏はバーレーンに逃亡。エリクソン氏は「クラブの牛乳代が未払いになっていると聞いておかしいとは思ったが…」とメディアの取材に答えている。

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 ■高揚と失望を招いた「溝」

 日本とロシアが、北方領土問題の解決に最も近づいたとされる時期がある。1997年11月、シベリア・クラスノヤルスクでの非公式会談で、当時の橋本龍太郎首相とエリツィン大統領が「2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くす」と合意した頃だ。日本の世論は沸いた。

 翌98年4月には、静岡・川奈の会談で橋本氏が「非公式提案」をする。北方四島の北側に国境線を引くものの、一定期間は露の施政権を認める趣旨だった。4島の即時返還でなく、潜在的な日本の主権確認を求める柔軟姿勢を示したのだ。

 だが、この時期に駐日大使を務めていたパノフ氏(66)は「潜在主権論」について「まじめに検討されもしない、ばかげた考えだ」と一蹴する。

 「ロシアは戦勝国として(北方四島を)自国領と考えている。いったん潜在主権を認めれば、日本は『やはりすぐ返せ』と言うかもしれない。欧州の国境が戦争でおびただしく変わってきたことを考えてほしい。日本だけが第二次大戦の結果を受け入れずにいる」

 ◆「経済協力が前提」

 北方領土交渉の重い扉が開いたのは、今から20年前の91年4月だった。旧ソ連の国家指導者として初訪日したゴルバチョフ大統領(80)と当時の海部俊樹首相(80)が、3日間の計6回・12時間以上にわたるマラソン会談で「日ソ共同声明」の発表にこぎ着けた。

 「4島一括返還だ」と腹を決めていた海部氏は「会談の最後の方はしゃべることがないからね。目を見て『頼む』『ダー(はい)と言ってくれ』と繰り返していたよ」と苦労を振り返る。

 海部氏によれば、最終会談で「日本は4島一括返還以外の話はしないよ」と迫ると、ペレストロイカ(改革)に行き詰まっていたゴルバチョフ氏は「大規模な経済協力が前提だ」と日本の資金協力を求めたという。

 共同声明では、北方四島を列挙して領土の帰属を含む平和条約締結の問題が話し合われたことを明記。「4島返還」も「資金協力」もない“痛み分け”ではあったが、「領土問題は存在しない」としてきたソ連の主張は公式に修正された。

 ◆アプローチの違い

 ソ連崩壊をはさんで93年には、当時のエリツィン大統領と細川護煕首相(73)が「4島の帰属」を「法と正義」の原則で解決するとした「東京宣言」に署名し、交渉に弾みがつくかに見えた。「法と正義」は、当時の外務次官だったロシア屈指の日本専門家、クナーゼ氏(62)が提唱していた概念だ。

 だが、そのクナーゼ氏も、クラスノヤルスク会談(97年)を頂点とする日本の高揚を「根拠がない」と感じていた一人だった。領土観や歴史観の隔たりもさることながら、氏は今に至る日露のアプローチの違いに「壁」を見ている。

 「4島返還から関係が深まる」と言う日本に対し、ロシアは「まず戦略的パートナーとなり、その中で解決策を見つけよう」と逆の発想をする点だ。

 クナーゼ氏は「第二次大戦後の米国は西欧への『マーシャル・プラン』で民主主義陣営のリーダーになった。日本には(90年代の)ロシアに対し、もっと体系的な経済支援をするという方法があった」と話す。むろん、現実には「領土問題が置き去りにされる」との懸念が日本側にブレーキをかけさせたのだった。

 エリツィン大統領が国内での政治力を失い、日露が多くの深い溝を抱えた状態のまま、平和条約の締結目標とされた2000年が近づいていた。日本外交に失望の色が濃くなる中、頭をもたげてきたのが「2島先行返還論」である。

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