Nov 22, 2009
長所と短所は、会員制リゾート利用者の声から
長所と短所をして、会員制リゾートに申請したいという考え、私も同感ですね。ただし、これらの情報をインターネットで検索する場合は良い方法悪い方法のいずれかに偏ったものが多いかもしれません。そんな時は、実際に会員制リゾートに加入されている方々の声を参考にすることが最も現実的だと思うので、そのようなレビューサイトをお勧めします。今まで何度も海外旅行に出ています。そのたびに、必ず海外旅行保険に加入することにしています。初めて海外旅行に行くとき、運悪くスリにあってしまいました地元の警察にお世話にしました。帰宅後、海外旅行保険に加入しておけば、その時盗まれたカメラや財布の代金が支払われたかもしれないことを知ってもし、安心費用で必要なものだと実感しました。
<糸数敬作(日本ハム・投手)>
「五回ぐらいから疲労が凄くて、長いイニングを投げられるとは思わなかった。でも、九回になっても吉井さん(投手コーチ)が(そばに)来なかったので、まだいくんだなと思いました。完封? 全く(頭に)なかったです」
17日のロッテ戦で4安打のプロ初完封勝利を飾った右腕は満面の笑みを浮かべてこう言った。
今季はこの日を含め、4試合目の登板。ここまでわずか1勝どまりの「ローテの谷間」の投手が、ここまで完璧な投球を見せられたのは「気持ちの変化」だった。
沖縄出身で普段から周囲の笑いを誘う陽気な性格。その半面、マウンドに立つと気の弱さが顔をのぞかせることもしばしば。吉井投手コーチも「投球技術は持っているのに、戦う気持ちが出ない。いつも打たれて(二軍に)落ちることばっかり考えているから」とボヤいていたほど。
だが、この日は序盤から風速10メートル以上の強風が吹き荒れるマリンの風を利用し、相手打線を翻弄。「打たれたらファームということは一切考えずバッターと勝負」と開き直ったという。
09年に当時の二軍投手コーチだった小林繁コーチ(故人)の助言で「オーバースロー」から「サイドスロー」に変更。小林コーチと二人三脚でサイドスローの習得に励んだが、翌年、小林コーチが急死。「師匠」を失うと「YouTube」などで、往年の小林コーチの投球映像を参考にしたり、チームの同僚でベテランの木田らに助言をもらい、現在のフォームをつくり上げた。
現時点ではダルビッシュ、武田勝、ケッペル、ウルフに続く「5番目の先発枠」を斎藤佑、八木、吉川らと争っている。ライバルはみな完投能力に乏しい。
「スタミナのない斎藤よりオレを使ってくれ」というのが本音ではないか。
▽QVCマリン=2万2178人(ロッテ8勝5敗1分)
日本ハム010 006 200―9
ロッテ000 000 000―0
勝:糸数2勝 敗:大谷3勝6敗
(日刊ゲンダイ2011年8月18日掲載)
<右でも左でも同じように蹴れる宮間>
なでしこジャパンのW杯制覇は、選手だけで成し遂げたものではありません。佐々木則夫監督(53)――ノリさんやコーチ、スタッフたちの頑張りもまた、世界一にふさわしいものでした。
僕が大宮の監督だったころ、ノリさんはユースの監督でした。気配り上手で、なでしこジャパンをまとめたと報じられていますが、大宮時代のこんなエピソードを思い出しました。
勝ち試合の翌日、監督室で「おめでとう。いい試合だった」と言いながら日本酒の小瓶をプレゼントしてくれたのです。
負け試合の翌日も監督室に顔を出し、試合を振り返りながらねぎらってくれたのですが、残念ながら日本酒の小瓶はありません。次の試合は勝ってくれよ――という激励なのです。
なでしこ選手の気持ちをガッチリつかむことが出来たのも年齢差や立場の差にこだわらず、飾り気がなく、オープンな性格のノリさんならでは、と思います。
選手では、MF宮間あや選手(26)のニュージーランド戦の決勝FK、米国戦の技あり同点ゴールのシーンがよみがえってきます。
彼女は四六時中サッカーボールとたわむれていたいタイプ。右足でも左足でも、同じレベルのボールが蹴れるのが宮間選手の大きな武器のひとつです。左右のCKのキッカーを担当していますが、米国戦の延長後半12分にMF沢穂希選手の同点弾を演出した左CKのボールも、狙い通りの見事なボールでした。
人間としても「幅」があり、それが試合中の余裕あるプレーを支えていると思います。もともと持っている高い技術が人間の幅の広さにより、さらに高い次元で発揮出来るのです。米国のプロリーグでプレーした経験もあり、これからもなでしこジャパンの屋台骨を支えてくれることでしょう。
<点取り屋としてスケールアップの大野>
ドイツW杯の試合を見ながら「FW大野忍選手(27)がひと皮むけようとしている」と感じました。
これまでの大野選手といえば、持ち前のスピードでDFを振り切り、ズバッとゴールを決めるのが私の仕事です――というイメージでした。正直に言って「ゴール以外は少しくらい休んでいてもOKでしょ」という意識を感じることもありました。ある意味、古いタイプのストライカーでした。
4年前の中国W杯、08年北京五輪でエースストライカーだった大野選手は、ドイツW杯前にサイドハーフにコンバートされました。このことも関係しているとは思いますが、W杯後のなでしこリーグでのプレーを見て確信しました。
大野選手が所属するINAC神戸の千葉戦、湯郷戦、新潟戦の解説を担当しました。そこで彼女の「1・5列目や両サイドから味方にボールを預けた後、もう一度ボールを受けてフィニッシュに持ち込む」プレーが何度も見られました。点取り屋としてスケールアップした大野選手。五輪予選でも積極的にゴールに絡んでいくシーンが数多く見られることでしょう。
▽かんの・まさあき 1960年8月15日、神奈川県出身。旭高校から79年に古河電工(現ジェフ千葉)入り。95年、京都を最後に現役引退。京都ユースのコーチを皮切りに同ジュニアユース監督、水戸のコーチと監督、大宮監督、浦和ユース監督、平塚監督などを歴任。09年に東京電力女子サッカー部TEPCOマリーゼの監督に就任した。今季開幕前に東電福島第1原発事故でマリーゼが活動休止となった。現在スカパー!解説者など。
(日刊ゲンダイ2011年8月18日掲載)
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